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宮崎地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決

原告 井手上ミナヱ

被告 厚生大臣

訴訟代理人 高橋正 外六名

主文

原告の請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、昭和三三年四月四日付消第二二三号をもつてなした遺族年金裁定取消処分、および同日付遺さか却一三五〇号をもつてなした遺族年金請求却下処分をそれぞれ取消さなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

「一、原告は本籍地宮崎県北諸県郡荘内町大字庄内一二五六四番地乙の亡井手上兼盛と昭和七年四月二八日婚姻したが右兼盛は昭和一九年一月一二日ビスマルク諸島で戦死した。

二、原告は右同人の遺族として昭和三〇年一月初旬宮崎県民生労働部世話課を通じ遺族年金受給の手続をなし、同年七月一六日原告に対し右年金支給の裁定があつた。

三、ところが、原告は昭和三三年四月末頃請求趣旨記載の如き右裁定取消ならびに年金請求却下の処分通知を受けた。その理由は原告が訴外盛武定一と事実上の婚姻関係にあつたというにある。もつとも本籍地荘内町役場備付の戸籍簿には昭和二三年九月三〇日原告が訴外盛武と婚姻し、昭和二七年七月四日協議離婚した旨の事実無根の記載がなされていたので、原告は昭和二九年四月末日訴外盛武を被告として宮崎地方裁判所都城支部に前記婚姻ならびに協議離婚無効確認の訴を提起し、同年一〇月二七日原告申立通りの判決言渡があり同年一一月二一日確定したので、右確定判決正本をも添えて前記二の遺族年金受給の手続をしたものである。

四、原告としては、訴外盛武と事実上の婚姻関係にあつたという事実は全くなく、前記三の処分には不服であつたので、昭和三三年五月一〇日付厚生大臣に宛て前記三の処分取消を求める不服申立をなしたが右申立書類は同年六月四日受理され右申立に対し昭和三七年一〇月一八日付厚生省発授第一七六号により不服申立却下の裁決があり、原告は昭和三八年二月末日同処分のあつたことを知つた。

五、しかし原告としては前記のとおり訴外盛武と事実上の婚姻関係にあつたことは全くなく、前記各処分は事実の認定を誤つた違法なものであるから請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだものである。」と述べ、

被告の本案前の主張に対し、前記四記載の裁決書が原告に送達されたのは昭和三八年六月二一日であるが、原告はそれ以前の同年二月末日荘内町役場係員より正式裁決書が到達している旨告げられ裁決事実の存在を確知していたので、右期日を以つて行政事件訴訟法第一四条第一項の出訴期間の始期として本訴を提起した。

もつとも同年一月一三日被告厚生大臣その他官庁の押印を欠く裁決書を原告は受領したが右は公文書の体をなしておらずしかも同文書は原告の留守中に投入されていたもので適法な送達とは認められず無効であるから右期日を以つて出訴期間の始期とみることはできない。

なお被告は、原告が裁決事実の存在を確知したのは同年二月一八日か一九日であると主張するがこの点については否認する、と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は、本案前の申立として「主文同旨」の判決を求め、その理由として「原告は被告厚生大臣の押印を欠く裁決書を昭和三八年一月一三日受領した。本件の如き裁決書は特に法令上署名押印が要求されているわけではないから、たとえ被告厚生大臣の押印が欠けていても本件裁決処分の効力にはなんら影響がないものというべく、右裁決書による原告への通知は有効であるから右期日をもつて本件出訴期間の始期とすべきである。かりに原告主張のとおり厚生大臣の押印を欠く裁決書を原告が受領した右期日を以つて本件出訴期間の始期とみることはできないとしても、原告が厚生大臣の押印ある裁決書が到達している旨荘内町役場係員より告げられたのは同年二月一八日か一九日であるから同日を以つて本件出訴期間の始期とみるべきである。

本訴提起が同年五月二五日であることは本件記録上明らかであるから、本件出訴期間の始期を同年一月一三日としても同年二月一九日としても行政事件訴訟法第一四条第一項に定められた裁決があつたことを知つた日から起算して三ケ月以内に提起されたものでないから、本訴は出訴期間経過後に提起された不適法な訴である。」と述べ、

本案に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、「原告請求原因事実中、第一ないし第三項の事実及び第四項中原告が被告に対し昭和三三年五月一〇日付で不服申立をなし、右不服申立が同年六月四日受理されたこと及び同申立に対し原告主張の如き申立却下の裁決があつたことは認めるもその余の事実は否認する、とのべた。

(証拠省略)

理由

先づ、本訴が出訴期間内に提起された適法なものであるか否かについて判断する。

被告厚生大臣の押印を欠く裁決書を昭和三八年一月一三日に原告が受領し、その後押印ある裁決書が同年六月二一日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三号証の一、二、第四号証の一、乙第一、二号証、証人福田福夫、同阿久井良幸の各証言、原告本人尋問の結果によれば、被告は原告の本件遺族年金認定取消及び遺族年金請求却下の各処分に対する不服の申立に対し、昭和三七年一〇月一八日、右申立を棄却する旨裁決し、裁決書を作成したこと、そこで被告は同年一二月頃、右裁決書と同じ書面(但し被告厚生大臣の押印だけが押捺してないもの)を荘内町役場厚生係を介して原告に送達させたところ、同係員は原告の不服申立に対し別紙のとおり裁決書が来たので送付する旨記載した書面を添えて原告に送達したこと、右送達当時原告は不在であつたため右係員は原告の住居から五〇米離れて居住している亡夫の父訴外井手上源兵衛に右各書面を交付したところ、その後同人を経て、昭和三八年一月一三日同書面が原告の手中に帰したこと、原告が厚生大臣の押印を欠く裁決書を受領すると、その内容をみて今後の処理に困り、直ちに右文書を持つて親族等に相談を持ちかけたこと、厚生大臣の押印を欠く裁決書と押印のある裁決書とは、押印の有無を除けば、形式、内容ともに全く同一の文書であることが認められ、同認定に反する証拠はない。

ところで戦傷病者戦没者遺族等援護法第四一条によれば厚生大臣は不服申立に対する裁決後すみやかにこれを不服申立をした者に通知しなければならないと規定されているが別段、通知の方法、例えば厚生大臣の押印ある裁決書を不服申立人に送達しなければならない等の規定はない。従つて前記裁決を通知するには、少くとも書面によつてこれをしなければならないと解すべきであるが、その書面は、裁決書自体(原本)であることを要せず、謄本ないしは、右裁決書の内容を充分知り得る程度にその内容を記載した書面であつて、同裁決の結果を通知するものであるとの趣旨が表示されている書面であれば足るものと解すべきである。(本件処分後に公布された行政不服審査法には謄本を送達すべき旨統一規定が設けられたが、同規定は本件には適用がない)。

そうであるとすれば、前記認定のとおり押印を欠く裁決書と押印ある裁決書とは、押印の有無を除き形式内容ともに全く同一の文書であるから、押印を欠く裁決書の内容が厚生大臣の意思決定に基いたものであることは容易に認められ、前記認定のとおり荘内町役場係員作成の裁決書を送付する旨の文書が添付されていたという事実を加えればこれ等の書面を原告において受領した以上厚生大臣の意思決定に基いた裁決が誤り伝えられることなく原告に伝達され、原告は右裁決の内容を前記認定のとおり了知したものというべきである。従つてその時すなわち昭和三八年一月一三日に裁決の効力が生じ同日原告において右「裁決のあつたことを知つた」ものといわねばならない。

原告は送達の方法を問題にしているがたとえその送達の方法に誤りがあつたとしても、送達すべき書面が結局原告の手中に帰した以上、その時をもつて送達の効力が生じたものというべきであるからこの点の主張は理由がない。

而して本訴提起が同年五月二五日になされたものであることは記録上明らかであるから、本訴提起は行政事件訴訟法第一四条第一項に定めた出訴期間を経過しているものである。

よつて爾余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求を不適法として却下し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田普一郎 井上幸一 塚田武司)

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